
里見さんの見方。俳優に求められるいくつかのスキル
さまざまなことが求められる俳優
ひとえに俳優といっても、舞台で活躍をするのか、それとも映像の中で活躍をするのかで求められるものは大きく異なります。
近年、舞台で活躍をしていた人が映像の世界でも活躍をする機会が増えており、舞台の世界では知る人ぞ知る存在であった俳優が堂々と映像の世界に飛び込み、そこでも大活躍をする姿が繰り返されています。
こうしたことからも、舞台で求められているものがそのまま映像の世界でも通じるように、基本的に俳優に求められるものは細かな部分では違いはあるにしても、大差がないのが、舞台、映像それぞれを見てわかります。
大前提となるのは、植物好きの里見寧彦のように演技をすることが好きでしょうがないという気持ちです。
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劇場の近くの居酒屋では、俳優たちの演劇論が展開されることがあるように、それぞれに演劇論、演技論というものを持っているものです。
それをぶつけ合うことで学んでいくことができますが、大前提として、演技をすることが好きであるかというのが求められます。
もちろん、やりたくもない演技の仕事というのはありますが、ホームと呼べるところで行う仕事はたとえ忙しくても欠かさないようにするという姿勢はとても大事です。
意外と必要なのは、自らを客観視する力です。
二枚目俳優のイメージとして、キザで高飛車で自信過剰というのがありますが、実際にこんな人はおらず、いたとしてもまったく売れていないか、成功をしておらず、自分の世界に閉じこもっているだけの人です。
スターと呼ばれるような人は非常にストイックであり、求められている役になりきろうとします。
そして、どうすれば自分はもっとよく演技をすることができるのか、どう見えているのかというのをできるだけ確かめようとし、今の自分に納得をしようとしません。
こうした姿勢はたとえ芸歴を重ねても失うべきものではないです。
俳優の持つストイックさについて
ストイックさということを具体的にすると、ある役者は、病気の役をもらったため、その役になりきるために極限まで痩せたり、またあるときは大柄な人の役をもらったためにできるだけ太ろうとするなど、その役になりきろうと最大限の努力をしていました。
体格から近づけようというのはまさに演じることとイコールであり、こうした工夫がなくては務まりません。
ハリウッドの世界では役のために歯を抜く、整形をする、手術をするといった、少々やりすぎなことをします。
それがプロであり、そこまでして演じようとするのがプロとしての姿勢です。

ここまでのことを最初のうちはしなくてもいいですが、まず欠かしてはならないことは演出家、監督の意図を最大限汲み取ることです。
勘違いする人は、演出家、監督の意図を無視し、自分がいいと思った演技をしようとします。
この場合、その役者は自らを客観視する力もなければ、協調性というものも存在しません。
協調性はあまりいらなそうに見えて、とても重要なものです。
自分だけ良ければそれでいいという姿勢は、舞台であっても、映像の世界であっても邪魔になります。
演出家や監督は偉い存在であることを前提にしなければなりません。
多くの人が持っているのは、情熱や行動力です。
たとえ有名な女優であったとしても、映画のオーディションを受けることになり、その役をゲットしようとします。
その時に披露される演技は、有名な女優が多ければそれだけレベルは高くなり、演技のレベルだけで決まることはありません。
決め手となるのは情熱、その役になりたいという気持ちです。
その情熱は時に空回りをし、結果として無意味になることもあります。
ただ、いつかはその情熱がハマり、いい役をゲットするようになります。
こうした空回りができない人は役者にはあまり向いていません。
俳優に必要な行動力とは?
行動力というのでは、脚本家に直談判をする、監督に作品に出させてもらうよう土下座をするなど、様々なことが行われてきています。
行動力があるということはそれだけ情熱があることの裏返しであり、それだけ求められていることを監督などは知ることになります。
熱い気持ちを持った人同士が作り上げる作品は多くの人を感動させます。
だからこそ、俳優に対して、こうした情熱や行動力というものを求め、役者自身も演出家や監督に対し、そうしたものを求めようとします。
そのやり取りが活発に行われているような空間ではいいものができやすくなります。
時に、こんな舞台には出てられないと出演を予定していた役者が降板をすることがあります。
この場合、お互いに信頼関係がなく、空回りを見せていることがほとんどです。
演劇の世界はパワハラめいたものがつきまとい、凄まじい言葉が飛び交う、一触即発の空間と言われています。
まとめ
だからこそ、お互いに認め合い、妥協をしない芝居をすることができます。
降板になるケースは、その言葉に尊敬などの気持ちがなかったことが多かったと言えます。
反骨精神があるかどうかというのは、役者になる上での基本的なものであり、これがないと長続きしません。
最終更新日 2025年7月7日